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ネタバレ注意! 劇場版 魔法少女まどかマギカ [新編]叛逆の物語 感想とか考察とか

どうも、久しぶりのまともな更新はまさかのアニメ感想です・・・すいません
同日に大会のほうもでているのでそちらのレポも続けて記事にします


というわけでこの映画なのですが、一言で言うとほむらによるほむらのためのほむら主演の物語だったと思います。

以下続きから
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2回見たのですがそれでもけっこううろ覚えなぶぶんがあるのでそこのところはご了承くださいm(_ _)m
ネットでいろいろ考察読んでその中でいろいろ考えたこととかも入ってます

・OPについて
前編後編と比べてかなり意味深な雰囲気の漂う感じでした。
他のみんなが踊ってる中ほむらだけ悲しみにくれているような感じだったのは、この映画のED後のほむら一人で踊っているところと対比しているのでしょうね
他にもOP含めてテレビシリーズや前後篇と対比になるシーンがとても多かったですね
元々2期として構想されていたとのことですが、この対比の構図っていうのはコードギアスR2とか思いだすような感じですね
しかしまぁかなり深く考えさせられるところばかり対比(--;

妄想が膨らみますww


・序盤(ほむらがおかしな日常に気づくまで)
これ何の映画だっけ???と、ポカーンとしてみてましたww
変身シーンはなんか若干ホラー要素ありましたね
個人的には描写的に明るい魔女結界っぽいような印象も受けたのですがまぁその辺は狙ってるのかなと

日常のシーンは最後のあくまほむらによる世界改変後の世界との対比なんかもできるのかなぁ・・・対比というか、ほとんどこのおかしな日常の内容が現実になるような世界改変に感じましたけどね

あとお菓子の魔女がチーズチーズ言ってたのは設定をうまく使ってきたのかなと

>お菓子の魔女について
魔女名 Charlotte(シャルロッテ)
その性質は執着。欲しいものは 全部。絶対に諦めない。お菓子を無限に生み出せるが大好物のチーズだけは自分で作ることができない。チーズさえ持っていれば簡単に隙をつくことが出来ただろう。


・ほむら魔女化(ホムリリー)になるまで
mazyokamaehomura.jpg


homuravsmami.jpg

マミとほむらの戦闘力入りすぎすげぇと思ってみてました。まぁその後の展開にすべて持っていかれた感じ強いですけどねw
PSP版を知っている自分としては、魔女結界とわかった時点でほむらが魔女かー・・・と思ってました。
ほむら自身が考えたようにまどかの存在を考えられるのはほむらだけですしね。。。
ついでに言うと時を止める力もほむら本人しか知らないわけで・・・

>PSP版のほむらの魔女
psp

Homulilly(ホムリリー)で、どうやら劇場版でも名前同じだったようです。
「此岸の魔女」とのことで、此岸は彼岸(あの世)の対義語で、この世、現世という意味

ゲームのほうは帽子かぶっていて、確かほむらが魔女化して名前が出るまでに少し帽子かぶって出てたシーンがまさにゲーム版の感じでした。

帽子脱いで頭の中は彼岸花が咲いていたという・・・

まどポのほむら魔女化のプレイ動画↓



>彼岸花について
名前
彼岸花の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来する。別の説には、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、というものもある。別名の曼珠沙華は、法華経などの仏典に由来する。また、「天上の花」という意味も持っており、相反するものがある(仏教の経典より)。ただし、仏教でいう曼珠沙華は「白くやわらかな花」であり、ヒガンバナの外観とは似ても似つかぬものである(近縁種ナツズイセンの花は白い)。『万葉集』にみえる「いちしの花」を彼岸花とする説もある(「路のべの壱師の花の灼然く人皆知りぬ我が恋妻は」、11・2480)。また、毒を抜いて非常食とすることもあるので悲願の花という解釈もある(ただし、食用は一般的には危険である)。

異名が多く、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)、はっかけばばあと呼んで、日本では不吉であると忌み嫌われることもあるが、反対に「赤い花・天上の花」の意味で、めでたい兆しとされることもある。日本での別名・方言は千以上が知られている。

「花と葉が同時に出ることはない」という特徴から、日本では「葉見ず花見ず」とも言われる。韓国では、ナツズイセン(夏水仙)を、花と葉が同時に出ないことから「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味で「相思華」と呼ぶが、同じ特徴をもつ彼岸花も相思花と呼ぶことが多い。

学名のLycoris(リコリス)は、ギリシャ神話の女神・海の精であるネレイドの一人 Lycorias からとられた。

季語・花言葉秋の季語。花言葉は「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」。「悲しい思い出」[5]「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」。


引用元>wikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%8A 



 >魔女下前、最後のほむらとまどかの会話シーン
madokahomura.jpg

ここはほむらが最後悪魔化する原因となったシーンかと思いますが、この部分に関しては個人的にはテレビシリーズ12話を思いだす部分でもありました
以下その部分の会話

『今のわたしにはね、過去と未来の全てが見えるの。かつてあったかもしれない宇宙も、いつかありえるかもしれない宇宙も、みんな』
『だからね、全部わかったよ。いくつもの時間で、ほむらちゃんがわたしのために頑張ってくれたこと。なにもかも――何度も泣いて、傷だらけになりながら、それでもわたしのために・・・ずっと気付けなくて。ごめん。ごめんね』
『ありがとう。あなたはわたしの、最高の友達だったんだね』
『これからのわたしはね、いつでもどこにでもいるの。だから見えなくても聞こえなくても、わたしはほむらちゃんの傍にいるよ』

『まどかは、それでもいいの!? 私は、まどかを忘れちゃうのに!? まどかのこと、もう二度と感じることもできなくなっちゃうのに!?』
『ううん、諦めるのはまだ早いよ。ほむらちゃんはこんな場所まで付いて来てくれたんだもん』
『だから、元の世界に戻っても、もしかしたらわたしのこと、忘れずにいてくれるかも』
『大丈夫、きっと大丈夫!信じようよ!』
『だって魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから! きっとほんの少しなら、本当の奇跡があるかもしれない。そうでしょ?』

つまりまどかとほむらのテレビシリーズでの最後の会話シーンです。
話の構図としては、ほむらとまどかの会話・・・という点からして11話のほむらの未来から来たんだよと泣きながら訴えかけている部分との対比と見るべきであるのだと思うのですが、話の内容であったり、今回の映画の結末に結び付く部分としての内容を考えるのであればこの部分を考慮すべきなのかなと思います。

テレビシリーズでの、おそらく最も二人がすべてを把握できている状況でのまどかはどこでもほむらの隣にいるということを告げているにも関わらず、何も知らない、もしかしたら魔女結界の影響を受けてそのように言っている部分があるかもしれないまどかの言葉のみを受けてしまっているのです。
元々まどかがいない世界に対して否定的な考えを持ちつつも、まどかが守ろうとした世界だからということで頑張っていたほむらには、ここでもまどかのセリフは自分の中で押し殺していたものがあふれてくるきっかけになったのだとは思うのですが・・・これは見ていてきつかったです(´・ω・`)


>vsホムリリー
homulili.jpg

ほむらの心情描写のところはひたすらに悲しく、見ていてつらかったです
まどかの願いをかなえると誓ったのはメガネをかけたほむらであるので、魔女になってしまったほむらを見下していたりするシーンや、また断頭台へホムリリーを連れていく憲兵のような使い魔もメガネほむらに似せていたのかなぁと。

戦闘に関してはBGM補正もあって感動でやばかったです。
特にさやかちゃん関連はもうやばかった・・・(ノД`)
オクタヴィアが槍持って戦うとか、泣かせてくれる

しかしまぁ魔女が完全にスタンド的立ち位置でしたね(;一_一)
まぁ・・・あれも魔法の一部なのか、円環の理のちからなのか・・・後者でしょうけどねww


>アルティメットまどか降臨シーンからのほむら悪魔化まで
akumahomu.jpg


アルティメットまどか降臨シーンはひたすらに神がかっていて、見ていて「ようやくこれで感動のラストかー」なんて初めは考えていました。
ほむら悪魔化の流れは正直かなりびっくりというか、きついというか、

・・・やらかしやがった、このあほむらちゃんめ(´・ω・`)・・・

なんて思ってしまいましたww
ここでまどかは「私はほむらちゃんのために・・・」的なこと言ってるのになぁ、すれ違いですね

しかしまぁ、シナリオ書いたブッチーさんはインタビューでここで終わらすつもりだったけど、続きものにしてほしいから周りの意見を聞いて、ほむらとまどかをついになる存在にしたらということからこうなったと言っておりますが、個人的にはテレビシリーズのころからのこのまどかマギカという作品的には、なるべくしてなった感じが強いなぁと思います。その辺のことは最後に触れます。


>ほむらによる世界改変からのラスト

一見幸せそう、しかし何か不安を感じさせるような、見方によってはハッピー、しかしバットとも取れるなんとももやもやするラストでした。
テレビシリーズ等の英雄的な悲しみのラストとも違う、エヴァンゲリオン旧劇版のような破滅的ラストとも違う、何か引っ掛かりの残るエンドでした。
それを受けてのエンディング曲は、明らかにまどかをとらえたほむらの曲だったのかなぁとww

エンディング後は世界の支配の頂点がインキュベーターからほむらに移ったことの暗示?なのかと。
ほむらが崖から落ちるシーンは半月とも合わせて魔に落ちる・・・というところ暗喩なのでしょうかね?
ここに関しては難しい(--;


>以下全体通しての考察的な何か
まぁとにもかくにも、全体的にもやもやの残るエンドでした。
ではなぜこのもやもやが残るのかなぁと個人的に考えたところ、おそらく改変後の世界がすごく主観的であるため、ほむらの都合のいい部分しか見えていない結果だからなのではないかと考えます。
世界改変後の世界として描かれたものは、ほむら、まどか、さやか、杏子、まみ等日常に生きる人達、つまり魔女結界内で最も幸せな部分として描かれた日常についてのみしか描かれていないのです。
つまりはほむらが望んでいた日常しか描かれておらず、円環の理であったり、魔獣であったり、そして世界改変を行ったほむら自身が世界から見てどうなっているのかという点について一切描かれていないのです。

テレビシリーズではまどかの世界改変後の世界は、まどかではなくほむら視点、つまり客観的視点から世界が描かれており、まどかが世界から消えたこと、円環の理のことなどを改変を行った本人以外からの視点で見ることができたため、多くのことを知ることもできましたし、また悲しむほむらに対して感情移入することもできました。

逆にテレビシリーズで、もしもまどか視点で世界改変後の世界を描いていた場合、今回の映画の内容から考えても印象が180度変わったのではないかと思えてなりません。それこそ二次創作などでよく見かける女神まどかとゆかいな魔法少女たちな日常が繰り広げられていたかもしれません。

とにかく何が言いたいかというと、今回の映画のラストはほむら視点の印象しかなく、ほむらにとっては限りなくはハッピーエンドに近い、しかし不安要素を抱えるエンドであるからこそ、見ている側もハッピーエンドのように見えるのではないかと考えます。
もしこの映画のラストがより客観的な視点から描かれるとすれば(そのような立ち位置にいるキャラは存在しないのですが)、この結末の印象はまるで違うものになるのではないでしょうか?
例えばですが、まどか視点でテレビ版ラストを描くと、おそらくアルティメットまどかを神聖な存在、神のような存在ととらえることはなかったことと思いますし、悪魔となったほむらの場合は日常描くことにより、欲望というか、悪魔らしさを感じられるものになったのかと思います。


世界改変後に関しては結局のところこれ以上語ってもしょうがない部分があるので、自分としては別の視点から今回の映画のエンディングについて考えてみました。
このまどかマギカという作品全体を通して言えることなのですが、ほむらとまどかはお互いに言葉を交わしながらも相互理解に至ったことはただの一度もないのではないかと思います。
テレビシリーズではまどかを救うために同じ時を繰り返したほむらの願い、そして結局ほむらを救うために考えて叶えたまどかの願い、これらはお互いに相手を想っての行動でした。しかし、ほむらの行動に反して常に魔法少女になる、または死んでしまうまどか、そしてテレビシリーズの最後や映画の冒頭でほむらが語っている内容からして、お互いに相手の願いに対して本当に理解していたのか?という点に関しては自分は疑問を持たずにはいられません。最終的に相手のことを自分勝手に考えた行動の極みがテレビシリーズのまどかの女神化、今回のほむらの悪魔化による世界改編なのではないかなと考えています。
しかしながら、まどかの願いはほむらには悲しいものとしてしか受け入れらず、結果として今回ほむらは悪魔化してしまいました。そしてほむらの願いは、まどかには理解されない受け入れがたいものであるということが示唆されたのが最後のまどかとほむらの会話のシーンであったのかなと考えます。

つまり今までのまどかマギカの世界においては一方的な願いは絶対に報われないということを描き出しているのではないかと考えます。
これはまどかとほむらに限った話ではなく、奇跡を願った魔法少女の終わりは絶望をまき散らす魔女であるというこの作品の根底にあったものがずっと続いているのではないでしょうか?(さやかとか特に(´・ω・`))

つまり、「まどかマギカ」における真のハッピーエンドというものは、お互いの相互理解のもとに成り立つ希望でなければならないのではないかなぁ・・・と考えます。
これらのことを考えると、この映画のエンドはバットエンドと解釈するべきであるとともに、相互理解をする機会を得ることに成功した希望のある、続いていく話の途中であると考えます。

・・・いやまぁ続けられるようなエンドにするように作られている作品なので当然と言えば当然なのですが、全体の解釈としてはこれが妥当なのかなと(--;

理解しきれていない、物語が続くっていうのはなんかFate/stay night の凛ルートグッとエンドの士朗とセイバーの関係みたいな感じでしょうかね

・・・暗さが半端ないからそんなことはないなー(--;




>総評
個人的には大変面白い作品だったと思います・・・
まぁ、自分はまどかの願いを尊いものであると考えているので、それを踏みにじるような形で世界改変をしたほむらを恨まずにはいられませんけど(´・ω・`)
でもまぁ嫌いにはなりきれないかなぁ

自分としては、2期をやってもらって、この二人のすれ違いをどうにか解決してほしい、してこそはじめてこの「魔法少女 まどか☆マギカ」という作品が1つの幸せなエンドを見せてくれると信じています

さて・・・来週3回目いってフィルム手に入れるかな(=ω=
あ、ちなみに一週目の色紙ですが
まどか色紙

アルティメットまどかの色紙をいただきましたー(^^)

二週目にいったポストカードはマミさんなので画像は無しでw(ひでぇww

さてさて、なんかぐだぐだになってきたのでここいらで締めとします

長文失礼しましたm(_ _)m
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プロフィール

dertagan

Author:dertagan
アニメや遊戯王カード大好きなdertaganです。
HNは「dertagan」または「でるたがん」になります
スペルミスではありませんよw

今のところ大会はお気に入りキャラのシャークさんデッキ・・・から気づいたらシーラカンスにww

他にもバトスピもたしなむ程度になってます
「ジークヴルム・ノヴァ」とダンまゐリスペクト(´・ω・`)

アニメ(ガンダム、まどマギ等々)スポーツ観戦なんかにはまってます

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